Sunday, April 12, 2020

大林監督 母に連れられた先には短刀が…原点は戦争体験(デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース

 映画監督の大林宣彦さんが、肺がんのため10日に82歳で亡くなった。ホラー映画「HOUSE」で1977年にデビューし、その後「尾道三部作」を手がけるなど、ファンタジックな作品の印象が強いが、近年は「この空の花 長岡花火物語」(2012年)、「野のなななのか」(14年)、「花筐/HANAGATAMI」(17年)、「海辺の映画館-キネマの玉手箱」(20年公開予定)など戦争を題材にしていた。

【写真】ガンと闘いながら映画を撮り続ける在りし日の大林宣彦監督

 現役の中では数少ない戦中派となっていた大林監督だが、やはり原体験には戦争があったという。17年のデイリースポーツのインタビューで、大林監督は終戦時のできごとや心境を語っていた。

 軍国少年だったという大林監督は、日本が敗戦し「誰がぼくを殺してくれるんだろう」と考えていた。そして、終戦間もなくのある日、母に呼ばれて、一緒にお風呂に入った。母は、風呂から上がると腰まであった髪をバッサリと切って、父親のスーツを着用し、大林少年には三つぞろえを着せた。そのまま寝室に連れて行かれると、2枚の座布団の間に短刀が置いてあった。

 大林少年は子供心に「母ちゃんがぼくを殺してくれるのか、それなら痛くなく、気持ちよく死ねるな」と安心したが、母は「きょうは母ちゃんと話をしましょう」と夜通し語り合って、気がつけば朝になっていたという。結局自決することもなく、家族は生き延びた。

 「死ぬこともできなくて、周りの大人がヤミ米抱えながら『平和だ、平和だ』と言っている。『こんな大人信用できないぞ』と思いましたよね」

 価値観がガラガラと崩れる体験をした大林監督だが、それでも描きたいのは「ハッピーエンド」だった。世界のどこかで必ず戦争が起こっている状況に「世の中にハッピーエンドということはない。現実は全部アンハッピーなんです」と悲観していた。それでも「平和という大うそを信じて、映画をハッピーエンドでくくれば、少しずつでもハッピーな方向に進んでいく力になっていくのでは」と希望も持っていた。

 「この空の花-」では花火の美しさを描いた。「同じ火薬も上から落とせば爆弾、下から打ち上げれば平和を祈る花火になる。数では花火より爆弾が多いけど、ぼくたちは花火の美しさを映画で描こうとしてるんです。ハッピーエンドとは戦争ばかり体験してきた人類が、映画を使って平和をたぐり寄せようとする素晴らしいフィロソフィー(哲学)だと思う」。平和を望む気持ちは最後まで一貫していた。

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