Thursday, August 13, 2020

<戦後75年>「熟柿経済」の先に 未来への投資続けよう - 東京新聞

 「敗者の混迷から抜け出すのは早い。だけど勝者の混迷から抜け出すのは時間がかかるの」

 一九九六年十二月、作家の塩野七生さんから聞いた言葉です。

 敗戦後、朝鮮戦争による特需から高度成長を経てバブルの始まりまで。日本はこの言葉通り、瞬く間に「敗者の混迷」から脱し経済大国を築きました。ただ塩野さんにインタビューした時、すでに深刻な「勝者の混迷」が訪れていました。

 潮目の大きな変化は九二年に起きました。東邦相互銀行(松山市)と東洋信用金庫(大阪市)が相次いで経営破綻。これは国が金融機関の経営を一括して守る「護送船団方式」が機能停止したことを意味していました。

 以後、経営が悪化した金融機関は淘汰(とうた)される時代に入ります。「銀行は倒れない」という神話が崩れたのです。同時に日本の金融システムに対する国際的な信頼が失われていきます。

◆成功体験にとらわれて

 この年、日本興業銀行がまだ存在していました。興銀は戦後、息の長い貸し付けで国内産業の育成に大きく貢献をしました。日本長期信用銀行や日本債券信用銀行も同様の役割を果たしていました。

 ただ長銀と日債銀の経営はすでに不良債権の増大で悪くなっていました。興銀幹部が「長銀さんと日債銀さんは大丈夫かな」と取材の席でつぶやいていたのを覚えています。

 だから二行の経営破綻後、盤石だと思っていた興銀が、東洋信金との不正事件に絡んだ上で合併により姿を消したときは「銀行が資金を貸して産業が成長する健全な経済循環は終わった」と心底感じました。

 戦後、暮らしが豊かになったのは「付加価値」を生み出してお金を稼いだからです。企業が知恵をフル活用して斬新な製品を次々と開発し提供していく。金融機関は健全で的確な融資で企業群を支えていました。

 故障が少なく燃費のいい車、鮮明な画面を映し続けるテレビ、歩きながら音楽が聴ける機器…。世界の消費者は日本人が紡ぐ「新たな価値」に熱狂しました。

 だが熱狂は九〇年代に入ると徐々に冷えていきます。成功体験にとらわれ技術革新の速度が緩んだからです。「勝者」が自己変革するのは難しいのです。

 産業が曲がり角を迎える中、金融界は完全に間違った方向に舵(かじ)を切ります。企業を育てることを半ば放棄し、土地を担保に集めた資金の運用に狂奔します。実態をはるかに超えた巨額資金のやりとりが膨れ上がるバブル経済です。

 戦後の日本経済は、若い官僚が設計図を描き、若手経営者がアイデアを出し合い、それを質の高い労働者たちが実行して築き上げました。

 だが成長の果てに待っていたのはバブル崩壊でした。金融界のトップたちの経営判断のミスが招いた大惨事です。今振り返ると彼らの無定見ぶりに慄然(りつぜん)とします。

 金融界の暴走を抑えられなかった経済官庁や日銀は、土地取引を規制したり金利を上げたりしてバブルつぶしに乗り出します。

 不良債権の後始末が一段落し、金融システムが安定し始めたのは二〇〇〇年代に入ってからです。その頃から長いデフレ経済との格闘が始まります。その中で人々は「勝者」だったことさえ忘れているのかもしれません。

 朝比奈隆、ギュンター・ヴァント…。クラシック音楽界で巨匠と呼ばれた指揮者が、晩年に名演を繰り広げる例は多くあります。肉体は衰えても、深い経験に支えられた技が音に息吹を注ぎ込むからでしょう。

 今の日本経済は老指揮者に似ている気がします。全盛期は過ぎ去り体力も低下してきている。ただ、さまざまな局面を通して培った安定感が社会の隅々に流れています。破綻から身を守る老獪(ろうかい)さを持っていると言い換えることもできます。

◆伝統を再利用する知恵

 伝統を再利用してビジネス化する知恵も持ち合わせています。「客をもてなす」という当たり前の行動が、コロナ禍直前までインバウンドという形で実を結んだのは、その証左だと考えます。

 この熟した柿のような経済は意外にしぶとく地面に落ちずに踏ん張っています。しかし何とか持ちこたえている間に経済を若い世代に託す必要があります。

 だからこそ苦しくても職業訓練も含めた幅広い意味の教育の場や、採用の門戸を決して閉めてはならない。目先の経済指標や決算にとらわれ若い人たちの芽を摘む愚行を犯してはならない。未来への投資を怠ることだけはしてはならない。

 そう強くかみしめています。 

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